田中たかあきの哲学ブログ

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料理が面倒すぎてため息しか出ない

料理 めんどくさい

最近自炊が面倒になってきました。

なぜなら準備と片付けと買い物に時間がかかるからです。

 

私は時短料理を作るのですが、それでも毎日作ってると面倒になってきます。

一番めんどいなと思うのが、野菜や魚や肉を切ることです。

特に魚と野菜を切るのはとても面倒です。

 

そんなこと言ったら魚や野菜はキレるでしょうが、事実です。

彼らに感謝はしていますが、やはり地味に時間をとられるのでウンザリしてくる。

 

野菜の中でもニンジンや大根は皮をピーラーで削ぐ必要があるので特に時間がかかる。

魚は、切るというかサバクのも大変なんだけど、それに加えて後始末がキツイ。

なぜなら魚は臭いからです。

 

今はシェアハウスに住んでるから、ゴミ箱に適当に捨てればいいんだけど、一人暮らしとかだとゴミ捨てを自分でしないといけないから、魚のゴミが出るのは躊躇してしまう。

 

まあサーモンみたいにゴミが出ない魚を買えば解決ですね。

あるいは切り身の魚。

 

魚丸ごと一匹はサバかないといけないから大変。

 

それに対して、肉はとても楽ですね。

切るのも楽だしゴミが出ない。

 

全国の主婦の方たちが魚ではなく肉料理に走る気持ちが痛いほどわかります。

 

まあでもとりあえずね、自炊や料理は自分の時間とられるからめんどくさいなあと思うわけです。

 

もう総菜買ってきて、炊いたご飯と一緒に食べたほうがいいんじゃないかと思ってしまいます。

あるいは、弁当とか冷凍食品とか。

もしくは、外食するか。

 

外食は最高ですよ。

準備も後片付けもいらないのですから。

 

中食や外食で全部済ませたいという誘惑がすごいです。

でも、健康に悪そうだから、やはり自炊をするしかありません。

 

野菜をあまりとれないし、味が濃いですからね。

健康面での懸念さえなければ、もう毎日総菜や外食だけでやるんですが。

 

やはり健康面では自炊が最強ですから、時短料理を極めるしかありません。

ちなみに私の場合は、小鍋の中に、切った野菜や魚や肉や米を全部ブチ込んで、最後に味噌を入れて食べることが多いです。

 

いわゆる鍋料理であり、おかゆでもあります。

これなら、鍋に具を全て入れたあと、8分くらい放置すれば完成するので、とても楽です。

 

今のところはこれが究極の時短料理です。

楽なのでよかったら試してみてください。

ニーズとウォンツを区別して市場とイノベーションを再定義する

ニッチより大きい市場を狙うメリット

最近思うのは、小さい市場でビジネスをすると、売り上げや利益額が少ないということです。ニッチ市場よりマス市場を狙うべきだと。

何百億、何千億という利益をたたき出すには、市場規模が大きいほうが有利だと思います。

例えば、ウォルマートとかトヨタとかフェイスブックなどは毎年何千億と利益を出す会社ですが、彼らは大きい市場でビジネスをしています。

 

だから、大きい利益を狙うなら、ニッチのような小さい市場を狙うのは不利だし、今後伸びない市場を選ぶのもあまり有利とは言えないかもしれません。

 

ちなみにソフトバンクの孫正義さんも、ニッチを選んではいけないと言っています。

これから伸びる市場、時代の潮流になるメインストリームの市場、大きい市場を選んでビジネスをしたほうがよい、と彼は言います。

 

私も最近これを強く意識していて、大きい市場、時代の潮流になるであろう市場は何か考えています。

 

じゃあ何があるんだろと考えてみると、例えば医療や介護は大きい市場だし、これからも大きくなりそうです。

なぜなら、世界中で平均寿命が上がり、長生きする人が増えた結果、高齢化社会になっているからです。

 

他にも、人工知能などのIT分野はこれからも伸びそう。

 

でも、これらの分野から具体的にどんな商品サービスを作ればいいのか考えると、とたんにわからなくなります。

思いつきません、アイディアの重要性をヒシヒシと感じています。

 

よいアイディアを思いつくために、ニーズとウォンツという観点から考えてみたいと思います。

 

ニーズとウォンツで市場を再定義する

 ニーズとは、人々の欲望(目的)だと定義しましょう。

ウォンツとは、その欲望(目的)を達成するための手段だと定義しましょう。

 

目的がニーズ、手段がウォンツです。

 

この観点から市場という概念を考えてみます。

市場規模が大きいかどうか、と問いを考える前に、「市場」とは、ニーズのことを指すのか、ウォンツのことを指すのか、区別する必要があります。

 

なぜなら、ニーズ(欲望、目的)はあるけれども、それを達成するための手段=ウォンツが存在しないかもしれないからです。

 

いくらニーズが強くても、それを解決する手段、方法を人々が欲しいと思わなければ、商品は売れません。

 

ニーズの市場規模は大きくても、ウォンツの市場規模が小さかったら、商品は売れないかもしれない、と私は考えます。

 

だから、「市場規模が大きい」と言うとき、その市場とはニーズのことなのか、ウォンツのことなのか、なるべく明確にしたほうが、現実を正確に把握できます。

 

ニーズとウォンツを知り、イノベーションを起こす

アップルみたいに、イノベーションを起こすなら、2つのことが大事かもしれないと私は考えます。

 

1つは、時代のニーズを捉えること。つまり、時代の潮流となる人々の欲望=目的を知ることです。

要するに、多数派(マジョリティ)=大衆の欲望を知るということです。

なぜなら、時代のニーズに答える商品を作れば売れるだろうからです。

 

2つめに、人々のニーズに対して新しい解決方法=ウォンツを提案することです。

なぜなら、いくらニーズがわかっていても、それを解決する手段が無ければ、お客さんは商品を買わないからです。

目的を達成するための、素晴らしい解決方法を提案できれば、ウォンツ市場を作り出しイノベーションを起こすことができます。

 

で、具体的にどんなアイディアがあるの?

「はいはい、わかったよ。で、田中さん、したり顔で偉そうにしゃべってますけど、具体的にどんなアイディアがあるんですか?」

そう思ったかもしれません。

 

恥ずかしながら、具体的なアイディアを今考えていますが、あまり思いつきません。

思いつかないから、こうして自分の考えをまとめて整理しているのです。

 

しかし、「伸びる市場」とか「大きい市場を狙う」ということの意味を、より明確に再定義できました。

市場とは2つあり、ニーズとウォンツがある。

 

時代の潮流となるニーズを狙うのか、ウォンツを狙うのか。

それらの区別をすることで、アイディアも生まれやすい気がするのです。

グラビア写真の2つの存在意義

グラビア写真の存在意義は肉体美と生命

水着などを着ている、いわゆるグラビア写真の存在意義とは何か?

それは少なくとも2つある。

 

第一に、肉体の美しさを見せることだ。

つまり、肉体美こそが、グラビア写真の醍醐味であり、これは芸術の1つである。

健康的な体からあふれる美が存在する。

 

普通の人物写真の場合、顔の美しさはわかるが、肉体の美しさはなかなか見えにくい。

これに対して、例えば水着を着た写真は、その人の顔だけでなく肉体の美しさを見ることができる。

 

第二に、体全体の若さのエネルギーを見るということだ。

若さとは、生命のダイナミックなエネルギーが示されている。

若さのエネルギーとは、生命の力であり、運動である。

健康的な肉体は、生命力を示す。

 

例えば、水着を着た人の写真には、若い体全体からあふれ出るパワーがある。

ここに、生命の力動的なエネルギーが示されている。

 

もちろん人物写真も、若さを映し出す。

しかしグラビア写真は、若い体全体が持つ特有のエネルギーを映し出す。

体全体からあふれ出る生命のパワーを感じることができる。

 

したがって、グラビア写真とは、生命のダイナミックさ、生命エネルギーを鑑賞し感じることができるものである。

 

なんでグラビアというジャンルがあるのか、その理由はいろいろあるだろう。

しかし、グラビアの存在意義は2つある。

 

第一に、体の美しさや芸術性を鑑賞すること。

第二に、若さのエネルギー=生命の力動性、パワーを鑑賞し感じること。

 

グラビア写真は、「美とは何か?」「生命とは何か?」「力とは何か?」といった問いを内包するものだ。

 

このような観点からグラビア写真集や雑誌を読むと、また違った展望=パースペクティブが開けてくるだろう。