田中たかあきの哲学ブログ

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グーグルアナリティクスでサイトを新しく追加する方法2018年版

グーグルアナリティクスでサイトを追加するやり方

 

1.ログインしてホーム画面を出す

まず、ログインしてホーム画面を出すと、以下の画面が出ていると思います。

 

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2.「管理」という左下にある丸いマークをクリックする

一番左下に、「管理」という欄があると思います。

真ん中に穴の開いた丸いマークがあると思うので、それをクリックします。

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3.「プロパティを作成する」をクリック

丸いマークを押すと、次の画面で、真ん中に、「プロパティを作成する」という青いボタンがあるので、それをクリックします。

 

4.サイト情報を入力する

すると、次のような画面が出ると思います。

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で、ウェブサイトの名前を入力する欄があるので、サイト名を入力します。

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さらに、サイト名の下に、サイトのURLを入力します。

 

入力し終わったら、下にある「トラッキングIDを取得する」というボタンをクリックします。

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以上で、サイトの追加は完了です。

お疲れさまでした!

 

もし何かわからないことがあれば、ブログにコメントいただいてもいいですし、あるいはツイッターにメッセージください。

お役に立てれば幸いです。

「化粧しないのはマナー違反」とかいう理不尽な考え(笑)

化粧しない自由

ノーメイクはマナー違反、これ女性は言われたある人もいるかもしれない。

だから、失礼にならないように、疲れてるけど化粧しよう・・・とか、めんどくさいけど化粧して、疲れて家に返ってきて化粧を落とす。

 

でもさ、化粧しないのがマナー違反ってことは、女性の素顔をさらすのがマナー違反ってことだよね。

この考え自体が、すごーく女性に失礼な発言だよ。

 

まあ価値観は人それぞれだから、いろんな考えがあっていいとは思うんだ。

だから、「化粧しないとマナー違反」という考え自体を否定はしないし、そういう価値観があってもいいと思う。

 

でも、別に女性がその価値観に合わせる必要はないってことを、私は言いたい。

 

だって、女性が自分の素顔さらしてたらダメって、なんかその人事態を否定してる感じがあって、ものすごい人権侵害な感じがするから。

 

だいたい、男は化粧をしないで素顔でいてもマナー違反にはならなくて、女性は素顔でいたらマナー違反。

なんて理不尽なんだ笑

なにこの女性差別。

 

私が言いたいのは、化粧しない自由があるんだっていうことだ。

まあ現代ならそれが当たり前なんだけど、もし「化粧しないとマナー違反」という規範によって、苦しめられてる女性がいるなら、私は言いたい。

 

化粧しないとマナー違反、という価値観は、1つの価値観にすぎない。

それに従う必要もない。

 

化粧したいならすればいいし、めんどくさいならしなくていいんだ。

 

人から批難されるから、スッピンで会社に行けない、という人もいるかもしれない。

そういうときは、化粧しない勇気。

これがあってもいいかもしれない。

 

化粧しないことは悪い、という思想は、1つの見方であり、1つの価値観にすぎない。

別の多様な価値観が存在するのだ。

 

新しい見方、新しい価値観を持つならば、化粧しないで職場に行くのは、むしろ良いことなんだ。

 

化粧しない自由。

スッピンで会社に行く、なんて楽なんだろう!

化粧が面倒なら、しなくていいんだよ。

哲学と大学の深い関係と、ギリシャの伝統

哲学と大学の深い関わり

哲学とは何か?というとき、「哲学」という言葉の定義が人によって違う。

哲学とは、世間一般的には哲学者という人達がやってることが哲学だというイメージだ。

 

そんな中、哲学と大学との深い関わりを無視できない(しかし必然性はない)。

 

哲学と大学の関わりという点で、日本とヨーロッパは違いがある。

 

日本の大学に哲学が置かれたわけ

日本の場合、文科省がなぜ大学に哲学を設置しているか?

それは、ヨーロッパの大学を真似したから。

 

明治のとき、政府は近代化のために必要だと思い、大学を作った。

そのとき、ヨーロッパの大学を模倣した。

なので、哲学も取り入れた。

 

ヨーロッパの大学と哲学の関係

ここで、ヨーロッパの大学と哲学の関係について説明しよう。

ヨーロッパの大学は、内的必然性をもって哲学をやっていたわけではない。

 

ヨーロッパでは、12世紀ごろ(中世の最盛期)、大学が誕生する。

ヨーロッパの由緒ある大学は、12世紀ごろ設置されたのが多い。

例えばパリ大学は、世界最古の大学と言われている。

 

ヨーロッパの大学誕生のきっかけ

そんなヨーロッパに大学が誕生したキッカケを説明しよう。

 

まず、8世紀に、ギリシャとかローマの文化や学問を改めて学びなおす、古典復興が流行った。

これをカロリングルネサンスと言う。

 

そして、アラビアから古代ギリシアの文化とか、先進的なイスラム教文化が入ってきたのが、ヨーロッパに非常に大きな影響を与えた。

アラビアを通じてギリシャの学問が受け入れられた。

 

ちなみに、パリなどの地はもともと森林地帯だった。

プロヴァンス以外のフランスはガリアと呼ばれていて、プロヴァンスを支配していたのがローマだ。

やがてローマはフランス全土に手を伸ばし、シーザー(カエサル)が将軍のときに、ローマは拡大した。

 

で、カロリングルネサンスとかアラビア文化の影響を受けて生まれたヨーロッパの大学は、3つの科目があった。

 

それは、法学、医学、神学の3つ。

法学は、官僚の養成のためのもので、神学は僧侶を養成するためのものだった。

 

でも、大学以前から専門の学校はあったはず。

では、大学の出発点の核とは何なのか?

 

パリ大学の生みの親、アベラール

そのカギを握るのが、アベラールというパリの哲学者だ。

アベラールは、エロイーズとの往復書簡で有名。

アベラールとエロイーズは恋人関係だった。

もともと、エロイーズはアベラールを家庭教師にした。

 

まあそんなことはどうでもいい。

アベラールはパリのか近くに私塾を作り講座を開いて、初めに弁証法を教えた。

弁証法とは、まあ論理学みたいなものだ。

当時、論理学は流行の学問だった。

 

アベラールによる私塾の形で公共講座のように授業が始まった。

これが、パリ大学の出発点であり、大学の原初形態だ。

 

当時の学生は、日本の僧兵みたいなものでもあった。

家を継げない人は、学生になったんだ。

アベラールが教会の中で斬新な教えを出すことに反対した教会は、アベラールにひどい仕打ちをした。

 

とにかく、以上を知ることで、ヨーロッパの大学の基本形態がわかる。

 

ギリシャ的教養が、当時の大学の中心だった。

ギリシャ的教養とは、自由7科と呼ばれるものだ。

弁証法(論理学)、文法(ギリシャ語とラテン語)、修辞学の3つと、音楽、天文学、幾何学、算術の4つを合わせて、自由7科と言った。

 

この自由7科が、当時の中世の人気の学問だった。

 

国王は、大学であまり人々を自由にやらせたくないが、自由にさせないと都市が繁栄しないと考えた。

都市は、人が集まってきて繁栄するからだ。

だから、国王は彼らに、適度に自由にやらせた。

 

ギリシャの模倣で始まったヨーロッパの大学の伝統

ヨーロッパの800年続いた大学の伝統は、もともとギリシャの模倣から始まったと言えるだろう。

つまり、ギリシャへの憧れがそこにある。

ギリシャ人に出発点がある。

 

しかし、ギリシャ人は自分たちの伝統や権威を守る気がなかった。

 

それに対して、ローマ人はギリシャ人の考えが大事だと考えた。

学問や芸術の点では、ローマはギリシャに勝てなかった。

 

ギリシャ人とローマ人のメンタリティには違いがあり、一緒に考えるのは大きな間違いである。

 

ギリシャ人は、気持ちが若い。

それに対して、ローマ人は落ち着いていて、老練である。

 

ギリシャでは、若者を尊重した。

ギリシャ人は、若者は強くて美しくあるべきだと考えた。

 

ちなみに、ギリシャ人の方がローマ人より長生きだった。

ローマ、中世から19世紀の平均寿命は40歳くらいだった。

 

 それに対して、ギリシャ人は、例えばソクラテスも70歳くらいまで生きてるし、プラトンも80歳以上生きてる。

ギリシャ悲劇の作者(『オイディプス』など)であるソフォクレスも90くらいまで生きた。

ソフォクレスは90歳過ぎてからの作品も、少しも力が衰えていない。

 

ギリシャ人は、老年になっても力が盛んな人が多かった。

 

ギリシャ人は、老年期はすごく長かったはずだが、老人を尊重しなかった。

若者のほうが優れている、と彼らは考えた。

なぜなら、若者は美して強いからだ。

 

例えば、スパルタでは老人は若者に席をゆずった。

なぜなら、ポリス(国家)を守る軍隊をやるのは若者だから。

国家に尽くすことができる若者を尊重した。

 

オリンピックだって、若者が優勝した。

当時は、優勝した人だけが称えられた。

 

このように、ギリシャは、若者や若々しさをたたえ、老年を悲しいことだと考えた。

対してローマ人は、年寄りのほうが偉いと考える傾向があった。

なぜなら、老人のほうが経験が豊かで知恵が深いと思ったからだ。

 

例えば、元老院(セネター、セネトル)では、老人の知恵が尊重された。

古いものや老人が、最も価値あるものと彼らは考えた。

 

権威、という概念は、ローマに依存する。

ギリシャには、権威という概念はなかった。

 

伝統とか権威を、ギリシャ人はあまり尊重しなかった。

ギリシャ人は、革新を尊重した。

 

古いものを尊重して権威という観念をつくったローマが、ギリシャの伝統をたたえて、模倣したため、ギリシャの伝統は残った。

これは逆説的なことである。

 

哲学とは何か考えるとき、内的必然性をもって哲学をやった唯一の民族、ギリシャ人に立ち返って考える必要がある。

哲学を生み出した文化的な土台は何か、問い直す必要がある。

 

ヨーロッパの大学と哲学の深い関わりの根っこには、古代ギリシャがあるのだ。